昨日の日記にも書いたとおり、
病んでました。
実は、お母さんなんです。
原因(?)
昨日の夜は、18時前。
あたしは、小腹が空いたので野菜スープを作ろうと、
台所で玉葱を切ってた。
すると、お母さんがいつものように口うるさく色々言ってきて。
軽く口げんかになった。
どっちも頑固だからね。
いつもだったらそのまま口げんかして、
プイッって感じでお互い部屋を出てって・・・・・・
で、いつの間にか戻ってるみたいな感じなんだけど。
昨日は、なぜか、張り詰めてた何かがプッツンしたみたいに
涙がぼろぼろこぼれてきた。
そのときは、ニンジン切ってたから、
涙を玉葱のせいにすることも出来ず、
肩で呼吸するアタシ
お母さんは後ろにいたけど、
多分アタシが鍋をかき混ぜながらも、泣いてたのばれてたよね。
あたし、家族の前では絶対泣かないから。
でも、今日はとめられなかった
なんでだろ?
急に何もかも嫌になっちゃって。
多分、テストでもういっぱいいっぱいになってるときに、
その不安と、
そんなときに、お母さんと喧嘩したこと・・・・・
それで、自分のキャパ超えちゃったのかも。
それでも、今、こうやって、
落ち着いて、振り返って、日記に書いてる。
それができるのは、あたしの周りのみんなのおかげです。
大丈夫?ってメールくれた人たち。
今からそっちいこうか?
みんな、おんなじ不安かかえてるから、がんばろう!
今日は起きてるから、勉強煮詰まったらメールでもしてよ☆
がんばれ!!!!
って言ってくれた。
アタシ、ものすごくうれしかった。
アタシ、すぐ凹むから。
一人で考え込みすぎて。
そしたらドライブでもって誘ってくれて、
アタシの母校まで連れてってくれた人たち。
すごく楽しかった!
ほんとに、ほんとに
ありがとうございます!!
やっぱりあたしはみんながいないとダメなんだなぁ
今日の夕方、お母さんと喧嘩して泣いて、家にいたくなくて
すぐにサイゼにでかけた。
勉強しに。
でも、
まったくはかどらなくて
イライラして、お母さんにメールした。
「はかどらない」
って。絵文字なし。
すぐ返信きて、
「どこにいるの?」
「サイゼ。」
すると、そのメールから1時間後、突然、
来た。お母さんが。サイゼに。
で、
お母さんと1時間くらい話して、
お金払ってもらって、帰った。
お母さんは、テストの話も、ガッコウの話も
色々聞いてくれた。
うれしくて、たくさん話した。
やっぱり楽しかった。
家に帰って、何気なくテレビをつけると、一人のおじいさんが映ってた。
「相馬さん」
というらしい。
彼は、どこかのガッコウで授業をしてるようだった。
でも、最初の一言は、
「この講義は完結するかどうか、わかりません。
私は、途中でこの講義を放棄するかもしれません。
なぜなら、私は、がんにおかされているからです。
余命はあと、240日です。」
衝撃だった。
そして、相馬さんは、
「人生で、挫折や苦しみを感じたとき、
そこで諦めるのではなく、
がんばろう、こうゆう人に私はなりたいんだ!と思えることが、
すばらしい人生を手に入れることにつながるんです。」
相馬さんは、余命8ヶ月、と言われても、延命を望まず、
残された時間を自分の仕事のために、
と、抗がん剤のボトルを担いでまで仕事をしていた。
彼のやっていたことは、若い人たちに農業を教えること。
相馬さんは亡くなったけど、
その意志を教え子たちは一生懸命受け継いでいた。
「強く、思い続けるということが大切なこと」
相馬さんが言っていた。
相馬さんの話をきいて、
みんなに励まされて、
今日は本当にいろいろ考え改められた日だった。
みんなほんとにありがとう。
病んでました。
実は、お母さんなんです。
原因(?)
昨日の夜は、18時前。
あたしは、小腹が空いたので野菜スープを作ろうと、
台所で玉葱を切ってた。
すると、お母さんがいつものように口うるさく色々言ってきて。
軽く口げんかになった。
どっちも頑固だからね。
いつもだったらそのまま口げんかして、
プイッって感じでお互い部屋を出てって・・・・・・
で、いつの間にか戻ってるみたいな感じなんだけど。
昨日は、なぜか、張り詰めてた何かがプッツンしたみたいに
涙がぼろぼろこぼれてきた。
そのときは、ニンジン切ってたから、
涙を玉葱のせいにすることも出来ず、
肩で呼吸するアタシ
お母さんは後ろにいたけど、
多分アタシが鍋をかき混ぜながらも、泣いてたのばれてたよね。
あたし、家族の前では絶対泣かないから。
でも、今日はとめられなかった
なんでだろ?
急に何もかも嫌になっちゃって。
多分、テストでもういっぱいいっぱいになってるときに、
その不安と、
そんなときに、お母さんと喧嘩したこと・・・・・
それで、自分のキャパ超えちゃったのかも。
それでも、今、こうやって、
落ち着いて、振り返って、日記に書いてる。
それができるのは、あたしの周りのみんなのおかげです。
大丈夫?ってメールくれた人たち。
今からそっちいこうか?
みんな、おんなじ不安かかえてるから、がんばろう!
今日は起きてるから、勉強煮詰まったらメールでもしてよ☆
がんばれ!!!!
って言ってくれた。
アタシ、ものすごくうれしかった。
アタシ、すぐ凹むから。
一人で考え込みすぎて。
そしたらドライブでもって誘ってくれて、
アタシの母校まで連れてってくれた人たち。
すごく楽しかった!
ほんとに、ほんとに
ありがとうございます!!
やっぱりあたしはみんながいないとダメなんだなぁ
今日の夕方、お母さんと喧嘩して泣いて、家にいたくなくて
すぐにサイゼにでかけた。
勉強しに。
でも、
まったくはかどらなくて
イライラして、お母さんにメールした。
「はかどらない」
って。絵文字なし。
すぐ返信きて、
「どこにいるの?」
「サイゼ。」
すると、そのメールから1時間後、突然、
来た。お母さんが。サイゼに。
で、
お母さんと1時間くらい話して、
お金払ってもらって、帰った。
お母さんは、テストの話も、ガッコウの話も
色々聞いてくれた。
うれしくて、たくさん話した。
やっぱり楽しかった。
家に帰って、何気なくテレビをつけると、一人のおじいさんが映ってた。
「相馬さん」
というらしい。
彼は、どこかのガッコウで授業をしてるようだった。
でも、最初の一言は、
「この講義は完結するかどうか、わかりません。
私は、途中でこの講義を放棄するかもしれません。
なぜなら、私は、がんにおかされているからです。
余命はあと、240日です。」
衝撃だった。
そして、相馬さんは、
「人生で、挫折や苦しみを感じたとき、
そこで諦めるのではなく、
がんばろう、こうゆう人に私はなりたいんだ!と思えることが、
すばらしい人生を手に入れることにつながるんです。」
相馬さんは、余命8ヶ月、と言われても、延命を望まず、
残された時間を自分の仕事のために、
と、抗がん剤のボトルを担いでまで仕事をしていた。
彼のやっていたことは、若い人たちに農業を教えること。
相馬さんは亡くなったけど、
その意志を教え子たちは一生懸命受け継いでいた。
「強く、思い続けるということが大切なこと」
相馬さんが言っていた。
相馬さんの話をきいて、
みんなに励まされて、
今日は本当にいろいろ考え改められた日だった。
みんなほんとにありがとう。

コメント
コメント一覧 (1)
↑この部分を禁止ワードに登録すると
いいかもしれません。