昔から結構負けず嫌いな性格らしく、
小学生の頃はディベートが大好きで、いかに相手を口頭で打ち負かすか、みたいなところでデータ集めをしたりするのが好きだった。
無駄に生徒会とかやったり、運動会ではリレーのアンカーやったり、なんか目立つことがすきだったような気がする。

中学生の頃も生徒会とかやってて、でも好きな人が学級委員になるって言って、私もどうしてもいっしょにやりたくて。
「生徒会と学級委員は同時になるのはだめ」って先生に言われたけど、なんとか頼み込んでやらせてもらった気がする。

合唱コンクールとか卒業式ではピアノ伴奏をやったり、文化祭では絵で金賞とったり、バスケで県大会に出たり、勉強は誰にも負けたくなかった。自分の点数というよりも、人の点数よりも何点上か、順位は何位か、なんてことばっかり気にしてた。


バスケは、先生がすごく厳しかったのでよく殴られたり蹴られたりしてた。
平日は朝7時から朝練して、放課後は夜遅くなるまで体育館で走り回った。
休日は毎回練習試合で、同じ中学生と試合をすることはあんまりなく、基本は高校生や、男子の中学生の強いチームとばかりやっていたと思う。年末年始くらいしか休みがなくて、夏の暑い日も、冬の寒い日も、みんなと一緒だった。
悔しくて泣いた日も、嬉しくて喜んだ日も、つらくてしんどかった日も、もう辞めたいって悩んだ日も、いつもみんなと一緒だった。


先生は大好きだったけど、やっぱり怖くて、よく怒られて、
「そんな態度なら帰れ!!」ってみんなの前で怒鳴られてた。

普通だったら、
「帰りません!やらせてください」って謝るのが正解だと思うんだけど、頭でわかっていても、体はバッシュを脱いで出口へ向かっていた。

自転車で30分ほどかかる家までの帰り道を、雨が降っているのに傘もささずに濡れて帰った。

次の日は大事な試合があったんだけど、
「絶対に出てやるもんか」と思って、どしゃぶりの中、家には入らずずっと庭でずぶぬれになっていた。
風邪引こうと思ってたんだけど、結局体調は1ミリも悪くならず、次の日には試合に出てた。
それでも私を試合に出した先生はすごい。


いつも試合では、「自分なんかが出ていていいのだろうか」って自問自答していたけど、
試合の終わるラスト1秒まで、どう攻めるか、どう守るかの自分との戦いが、バスケは大好きだった。

最後の試合に負けた瞬間は、大きな体育館で大泣きして、なかなか帰ることができなかった。
でも、心の中では、やっと終わった、っていう安心もあったのは事実。毎日の練習が本当にしんどかった。
そのしんどい練習を一緒に乗り越えた仲間は大事な宝物。


試合中でも、審判に対して邪魔!とか平気で言ってしまったり、ベンチから先生に怒鳴られて指示受けても、
「わかってます!」と言い返してしまったり、頭ではだめだってわかってるのに、口と体が勝手に動くので、結構必死だったってことだと思う。

学校の成績はよかったけど、その辺のヤンキーよりも中身はだめな奴だったと思う。

学校の友達と喧嘩して、クラスの女子が真っ二つに分かれて冷戦みたいになって、すっごいしんどかったときに、先生が自宅まで電話かけてきた。
「初美の味方はいっぱいいるから」って言ってくれて、電話の前で号泣した。
先生、ありがとう。



高校に来ると、負けず嫌いだったけど、がんばってる自分に疲れたみたいで、何にもやる気が出なくなった。

それでも、17キロ走るマラソン大会で2位になったり、部活をがんばってみたり、勉強もそこそこしたような。

高校では、よく早退とかしてた。
あと、掃除当番をやらなくて、先生によく怒られてた。
ある日の昼休み、呼び出されて、
「何で掃除やらないんだ?」って聞かれて、
「掃除場所の担当の先生が嫌いだからです。」って答えた。
そしたらものすごく怒られたけど。

昼休みのチャイムが鳴ったので、先生が話してる途中に、
「5時間目あるんで、行っていいですか」と、席を立とうとすると、先生がもっと怒って、怒鳴られた。

「伊藤はやればできるんだから」
っていつも言われて、そういわれるのがものすごく嫌だった。
なんでアタシのこと何もしらないくせに。っていつも思ってた。

「そうゆうこと言うの、やめてください。先生は私の何をしってるんですか?」
って言った。
そしたら先生に謝られた。もう言わない、って謝られて、それ以来は卒業まで言われなくなった。


高校生1年生の頃、バイト禁止だったのにバイトしてて、それがたまたま先生に見つかったときがあった。

次の日に呼び出されて、絶対に怒られるって思ってたら先生はぜんぜん怒ってなくて、
「黙ってるから、辞めれるのなら辞めなさい」って言っただけだった。
バイトがばれたら、大学受験の推薦なんてなくなるわけで、でもその当時は推薦なんてまったく考えてなかった。
だけど、結局推薦で大学に合格できたのは、あのときの先生のおかげだったと思う。




大学に入ると、バイトばっかりしていて、学校は大嫌いだった。男子しかいなくて、勉強も全然わからないし、一刻も早く帰っていた。

そのうち、授業もうざくなって、彼氏と遊んでばかりだった。
彼氏が授業がないっていうから、自分も授業さぼるから遊びに行こうって言ったとき、
「授業のお金は誰が払ってると思ってるんだ。1授業いくらなのか知ってる?」って言われて、
私がさぼろうとしている授業に対して、親がお金をいくら払ってくれてるのかって思って、
それ以来、授業をさぼることがなくなった。

大学時代は、バイトも学校も恋愛もいろいろありすぎて、時間があっという間に過ぎた気がする。
1秒1秒が自由で、1秒1秒が楽しくて一生懸命だった。
自分の好きなことだけを好きな時間にやって、本当に自由だと思った。

研究室には一番迷惑をかけた。
4年の4月からはずっとインターンで働いていたので、週に1回しか学校には行かなかった。
先生には、「お願いだから卒業してくれ」って言われたりしてた。
よく、24時くらいに学校に行って夜中に研究して、そのまま朝は会社に行くっていう生活をしてた。
結構ハードだったんかな。
懐かしい。

卒論の発表は全員の中で1番・・・
トップバッターになるとは。自分でプレゼンしててもよくわかんなくて、質疑応答も意味がわからなかったけど、客席にいた先生が回答してくれたときはみんな笑ったな。

無事卒業できたけど。
いっぱい迷惑かけてごめんなさい。





今日、テレビで小山薫堂さんが、
「自分の人生は、知らぬ間に最善の選択をしている」って言ってた。

たとえ何かに失敗したり、壁にぶちあたったりしても、短期的に見ればだめかもしれないけど、後々それが正解だったって思うようになる。

小山さんは、
「今までの人生は、アカデミー賞を取るためのものだったんだ」
って言ってた。


私の人生も、「今までの人生は、ここに向かうためのものだったんだ」って思うときがくるのかな。

さて、今年もあと少しですね。
もうちょっとだけがんばってみる。